なぜこうなったのか【前編】 (むらさき)

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なぜこうなったのか【前編】

ようやく、僕の中で降格という現実が整理できてきたので、この段階での更新になった。
でも、まだ受け入れることなんてできない、受け入れたくないという想いが心の奥底にある。
誰かれ構わず腹が立つし、情けなくもあるし、天を呪いたい。
決まっていた運命なのか。試練なのか。
もしそうだと仮定するなら、僕の薄っぺらい経験では、この後いい事がある。あった。
そうだと受け止めて、前を向いて歩いていくしかないのだろう。
ただその前に、前に進んでいく道を選ぶ時に、同じ過ちを繰り返さないように、降格の原因を徹底的に追究していこうと思う。


第2戦を振り返ると、本当にゴールだけが遠い90分だった。
京都の根性や加藤監督の戦術・戦略には、恐れ入った、やられた、とは思う。
だが、第2戦は選手の魂も見え、スタジアム中に一体感もあった。
あの選手たちの戦う気持ちと、あの団結とはなかなか出せるものではない。
それでも1点が遠かった。なぜか。
このゲームだけを神様が見ていたわけではないということだと思う。
広島は最後の第2戦で、素晴らしい戦いをした。それは間違いない。
だが、それでは遅かったのだと思うし、足りなかったのかもしれない。
クラブも、選手も、スタンドのサポーターも、みんなが本気になるのが遅すぎたのではないだろうか。


こうなった原因は、何もかも許していいものではない。2回目だ。
運が悪かったのではなくて、間違っていたのだ。足りなかったんだ。
どうして降格したのか、責任問題を問い詰め誰かが辞めればいいという問題ではなくて、なにが間違っており、なにが足りなかったのか。それを検証することは本当に大事なことだし、しなければいけないことだと思う。
僕は責任問題を問うて、誰かがやめるべきという話をするのは好きではない。
誰かがやめるという話より、誰が、これからどうする、という話しの方が好きだ。
過去の検証以上に将来の展望を抱くほうが大事だと思う。
しかし、将来の展望を抱く上で、過去の過ちは絶対に振り返らなければならない。


まずトップ、久保社長に多くの責任はあると思う。
人任せにしていた面は否めないだろうし、最高責任者としてなにをしたのか、という問題は大きい。
リーダー不在を本人も認めていたが、上からの厳しい要求がなかったことは、クラブ内に甘えが出た1つの原因だろう。
来期からは、上部組織から組織全体を見直していく必要がある。
新しいポストを作って外部から誰かを招くようだから、何が悪かったのか、これからどうするのか、しっかりと示してもらいたい。


甘えが出た原因は、他にもたくさんあると思う。
織田さんを含めた現場で戦った首脳陣は、監督も、今季の目標設定が曖昧だった。
うまくいけば上位。そんな緩すぎる目標とはいえない目標を立て、若手育成という数字に表れないものを大事にしようとした。
織田さんの計算は、決定的に甘かった。
若手育成が間違っているとは言わない。そしてこの点は、成果があったことも確かだと思う。
ただ、目標とは数字に出してなんぼのものだと僕は思う。
若手が育ったからといって、プロの世界では結果がすべてだ。
柏木は移籍するかもしれない。一体何のための若手育成なのか。
結果をきっちりと求めていかなければ、すべての根本が意味を成さなくなる。


話がそれるが、育成型クラブなんて見方を広島はしている。
これは下部組織からいい若手が育っているからでもあると思う。
ただ、お金がなく若手を起用しながら、という現実があるのも確かだ。
お金がないから下部組織を充実させて、選手を育てるという考え方は、間違ってはないと思う。
ただ、お金がないをよしとしてはダメだ。
お金がない理由を、クラブが真剣に考えているとは僕には思えないし、今の現状をよしとしている雰囲気さえも感じる。
お金がない理由は、スポンサーがつかず、お客さんが集まらないから。
スポンサーがつかず、お客さんが集まらない理由は、クラブに魅力がないから。
広島がもっと魅力のあるクラブになれば、お金は集まるのではないだろうか。
ただ、クラブはそんなことを考えず、今をよしとし、育成型クラブというレッテルに満足している。
これではいつまでたっても、お金は集まらないだろう。
スポンサー側の熱意の問題よりも、スポンサーに熱意を持たせるクラブ側に、問題があるのではないだろうか。


クラブの組織には問題がある。
活気のある野望を持った組織ではないと思う。
それでは上へいけない。組織改革は絶対にしなければならない。
今回の降格を、危機感を大きく抱くチャンスを与えてもらったと思い、このままではいけない、やらなければいけない、と思ってもらいたい。
久保社長は「一年でJ1に復帰し、3年で優勝争いをするチームを作る」と言った。
前回落ちた2002年と同じ言葉だ。
この5年間はなんだったのか。また振り出しに戻った。
考えが甘く、真剣に目指したとは言えない、ということだろう。
これからどうやってその目標に向かって進んでいくのか。
しっかりと示して、実行してほしい。


今回だけでなぜこうなったを振り返るのは終わりにしようと思ったが、あまりにも長くなったで、次回も書こうと思う。
次回は、「ピッチ上」のことについて。

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2007年12月17日 00:00に投稿されたエントリーのページです。

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日程・結果

39節 vs湘南(H) 2-0


天皇杯 3回戦 10/12
 vs大阪体育大学(秋田)

41節 10/25 vs鳥栖(H)

天皇杯 4回戦 11/2
 vs東京V(西が丘)

42節 11/9 vs仙台(A)

43節 11/22 vs草津(H)