2006年は広島にとって、どのようなシーズンだったのか。を考えておきたいと思います。
まず3人の監督が指揮をしたということが、開幕当初の思惑と、大きく違った結果になったことを、失敗だったことを語っていると思います。
思えば今季の目標は、タイトル奪取でした。
夢物語ではなく、現実的なものとして、捉えられるものだった。
これは、2006年を振り返るにあたって、忘れてはいけないものです。
戸田とウェズレイを迎え入れてスタートした小野体制4年目は、完全につまずいた。
小野監督は理想を追ってしまった。
それ自体は悪いことだとは思わないが、まったくうまくいかなかった。これも仕方がない。
だが、その後の修正能力のなさが、問題だった。
痛恨だった。
一度狂った歯車を元に戻すのは、容易ではないことを思い知らされた。
8節を終えて勝ち星なしで辞任。思っていたよりも早い決断だったが、結果から見ると英断だった。
小野監督を引っ張っていても、改善は望めなかっただろう。
こんな形で小野監督と別れることになってしまうのは、寂しい気持ちもあったが、もうこれ以上、どうしようもないところまで追い詰められてしまっていた。
これを受けて、広島はW杯までの4ゲームを望月コーチの監督昇格という形をとった。
この難しい仕事を、望月監督は勝ち点というもっとも必要なものを奪うために、広島をぶっ壊してくれた。
みてくれもくそもない、ただゲーム終了後に勝っている。ということだけに選手を執着させ、見事勝ち点7を獲得。
この勝ち点は、とてつもなく大きなものだった。
望月監督のとった策は、4ゲーム限定という縛りがあったからこそできたことだろう。
残留の功労者として、望月監督は筆頭だ。今年を語る上では、外すことはできない。
本当に望月監督には、助けられた。
中断期間に入っても、なかなか新監督が発表されない中、織田強化部長が連れて来たのが、ペトロヴィッチだ。
これは、かなりのギャンブルだったと思う。はっきりいってかなり不安だったが、ペトロヴィッチは大当たりだった。
織田強化部長の目は、すごい。素直に褒めたい。
ペトロヴィッチの能力はもちろんだけど、それを見抜いて信じたフロント陣の、勝利でもあると思う。
初采配では勝利を収めたペトロヴィッチ広島だが、その後は、なかなか勝てなかった。
だが、やっているサッカーは確実によくなっていたし、ペトロヴィッチを選手がとても受け入れていた。
選手を見極め、日本人にはできないようなコンバートを平気でする。
監督としてのキャリアと自信を感じたし、彼のスタイル、哲学は、広島に合っていた。
カズがあんなにはやく戦線に復帰するとは思ってもみなかったし、青山、柏木の抜擢は、彼の功績。
ウェズレイと寿人の2トップを看板に、ゲームを支配して勝てるサッカーへと成長した。
勝負所は、21節の磐田をビックアーチに迎えたゲームだったと思う。
今シーズンは、本当に情けなくなるぐらいホームで勝てていなかったから、このゲームの勝利には、勝ち点3以上の大きな意味があった。
降格の不安は、この時点でほぼなくなり、27節のFC東京戦で、完全に消えてなくなった。
29節からの5連勝は、お見事。
内容も素晴らしく、負ける気はしなかった。ゲームを見ていて楽しかった。
最後は、10位でフィニッシュ。
喜ぶことはできない順位だが、あのスタートだったことを考えれば、十分評価できる。
ペトロヴィッチが就任してからは、もがきながらもよくやってくれた。
これから、という面で、夢を抱かせるようなゲーム内容、選手起用、結果だった。
これが、今シーズンの意味、だと思う。
ペトロヴィッチに出会え、広島は高い所を目指せることを、認識できた。
上を目指して戦う。という権利は手に入れたんじゃないだろうか。
小野監督での失敗により、ペトロヴィッチに出会えた。皮肉でもなんでもなく、これは事実だ。
小野監督の功績はもちろんある。それはそれとして感謝するけど、遅かれ早かれこういう結果は必然だったと思う。
ここまでが限界だった。
だから、一度壊れたけど、また新たにペトロヴィッチとともに上を目指せる。
もっと上を目指せる。そういう可能性を手に入れたシーズンだったと思う。